「原発事故被災者にかかわる政策の、すべての意思決定プロセスに住民、特に子ども、女性、高齢者など社会的弱者の参加を」

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Profile国連人権理事会
特別報告者
国連特別報告者は、特定の国における人権状況や、特定のテーマ別の人権侵害について、調査報告、監視、勧告を行う独立専門家。国連人権理事会から任命され、無報酬で個人の資格で務める。テーマは、信条の自由、現代的奴隷制、女性差別等、56 種にわたる(うち 12は国別)。

東京電力福島第一原発事故から 10年が経過しても、被災者に対する政府の対応は十分といえないまま、現在に至っている。日本政府は、原発事故やこれまでの原発政策に責任を負う立場として、また、国際人権条約の締約国として、住民の人権をまもることは当然の義務だ。それが達成されていない場合、市民は国際社会の助けの手を借りることができる。東電福島第一原発事故後の人権状況で、市民の訴えに端を発して、国連人権理事会を巻き込んださまざまな動きがあった。

特別報告者による警鐘

「低線量被ばくのリスクが証明されていない以上、最も影響を受ける妊婦や子どもの立場で健康を守るべきであり、年間被ばく線量は 1mSv(ミリシーベルト)を基準に、住民支援の抜本的な政策転換が必要である」「原発事故被災者にかかわる政策の、すべての意思決定プロセスに住民、特に子ども、女性、高齢者など社会的弱者の参加を」

2011年、日本の人権団体や NGO が連名で、東電福島第一原発事故後の深刻な人権状況を国連に情報提供し、調査団の派遣を求めた。この要請に応え、2012年に国連人権理事会『健康に対する権利』特別報告者であるアナンド・グローバーさんが訪日。関連省庁や福島県、福島の自治体、東京電力、また被災者や原発労働者、市民グループや専門家等にもヒアリングを行い、調査報告書をまとめた。2013 年、アナンドさんは日本政府に対し、心身の健康を享受する権利の侵害を是正するよう勧告した。上記はその一部の要約だ。

この「健康リスクを回避する最大限の措置を」という特別報告者の勧告に対し、市民の人権をまもる立場にある政府は、こう返答している。

「対応済みである」
「被ばくによる健康への影響は 100 mSv 以下の水準であれば他の原因による影響よりも重大ではない、または存在しないと信じられている」
「(勧告は)予断に基づく文章であるため、削除すべきである」

このアナンドさんによる「グローバー勧告」以降、東電福島第一原発事故関連で、特別報告者のみならず国連の人権条約機関や加盟国から、日本に対する勧告が相次いだ。それは、同原発事故をめぐる政策に対し、事故被害当事者の市民や支援団体から訴えや批判があるからに他ならない。特別報告者は、国際人権基準に基づいて締約国に警鐘を鳴らす役割であり、根拠なく個人的意見を述べているのではない。また、特別報告者は日本を含めた人権理事会から任命されており、その発言は正当性のあるものだが、寄せられた提言に日本政府が真摯に対応する姿勢が見えにくいまま、事故から 10年が経とうとしている。

さまざまな権利の観点

東電福島第一原発事故に関わるもので、先のアナンドさん以降に、少なくとも 3名/3つの観点の特別報告者より、人権状況調査を目的とした日本公式訪問の申し出があった。2015年に『適切な住居に関する権利』特別報告者、2016年に『有害廃棄物の人権への影響』特別報告者、2018年には『国内避難民の権利』特別報告者が訪日を要請したが、実現に至っていない。受理はしたものの受け入れ日が決定しないまま流れたり、延期・取り消しとなったりしたものもある。

当時『有害廃棄物の人権への影響』特別報告者* であったバスクト・トゥンジャクさんは、2018年に日本政府に対し、除染作業員の労働環境について情報提供を求めた。『健康を享受する権利』と『現代的奴隷制』の特別報告者らも連名での要請だった。日本政府から適切な回答が得られなかったため、再び特別報告者連名で、労働者および子ども・女性の被ばく防止に迅速に努めることを求める声明が出された。

その後、9月に開かれた国連人権理事会にて、同問題についてバスクトさんは、住民が帰還を選ばないであろうほどの汚染地域を、被ばく労働という犠牲をしいてまで除染することは正当性があるのか、日本政府によく検証してもらいたい、という旨の発言をしている。

「日本は、ICRP(国際放射線防護委員会)の正当化原則に基づいて、労働者を被ばくさせ続ける政策を見直すべきです。正当化原則は、被ばくに関しては、その意思決定に住民からの意見の聴取という手続きをふむこと、社会的純便益の観点から正当化できることが重要であるとしている。汚染が深刻な地域では、(除染)労働者が高レベルの放射線にさらされるが、そうした除染を行って避難解除をしても、住民の帰還率は低い。そこが考慮されるべき重要な点です」

バスクトさんは、これまでの訴えに加え、『国内避難民の権利』特別報告者のセシリア・ヒメネス・ダマリーさんとともに、福島での帰還政策についても見直しを求めた。

「グローバー勧告」は、避難指示や健康調査等、原発事故の政府対応を『健康を享受する権利』の観点から包括的に検証し、状況改善を提案したものだった。それに加え、原発事故被害者や労働者が『有害廃棄物の影響』『現代的奴隷制』という点から人権が侵されているのではないかと、特別報告者によって指摘されてきた。さらに、いまだに日本各地で避難生活を送る原発事故被害者は「国内避難民」であり、その権利が侵害されていると意見があがったのだ。このことからも、原発事故のあとに、住民の権利への侵害が幾層にも重なり、あらゆる面で進行していることがみて取れる。

誰もがなり得る「国内避難民」

国内避難民とは、内戦や暴力行為、自然もしくは人為的災害などによる被災から逃れるために家を追われ、自国内での移動・避難生活を余儀なくされた人々のことをいう。原発事故による避難者だけでなく、自然災害による被災者もあてはまる。自然災害の多い日本では、誰もが国内避難民となり得る。

国内避難民の人権を保障するためのガイドラインとして、国連『国内避難民に関する指導原則』というものがある。国内避難民に支援を与える一義的な義務と責任は国にあるとされ、また、帰還や移住策への当事者の参画、支援計画等への女性の参画、平等な公共サービスの保障、差別の禁止など、30の原則が定められている。

現在の日本政府による、事故以前には安全とは考えられていなかったレベルの高い放射線量が残る地域へ子どもや女性を帰還させる政策や、自主避難者への住宅支援打ち切りなど帰還の圧力となるような動きは、この原則の真逆を行くものだ。

『国内避難民の権利』特別報告者のセシリア・ヒメネス・ダマリーさんは言う。
「国内避難という環境では、特に女性と子どもは厳しい影響の矢面に立つものです。女性と子どもが求める支援やニーズは気づかれないことすらある。『国内避難民』はその名の通り、避難しているのは自国民ですから、当然その国の政治的意思決定の参加者となるべきです。そうした市民と政府の協力体制をきちんと実現するために『指導原則』があるのです」

この「国内避難民に関する指導原則」は 1998年に作成されている。東日本大震災の避難者についてこの指導原則が守られていないと、日本弁護士連合会などが指摘をしていたが、公式な日本語版もなく、国内で広く認知されていなかった。避難者、支援者による働きかけにより、2019年に日本政府による同原則の公式和訳が外務省より発表された。市民の行動が、人権保護を実施させるための小さな前進を生んだ一例だ。

市民と国連、遠くない関わり

2020年 6月には、『有害廃棄物の人権への影響』特別報告者のバスクトさんをはじめ、『食糧の権利』など他分野 4名の特別報告者により、東電福島第一原子力発電所からの汚染水の海洋放出についても懸念を表す声明が出された。

「日本政府は、現在のパンデミックの間、国際人権法で要求されているような意味のある協議を行うことができていません。コロナ危機の中で、意思決定を加速するようなプロセスを進めることに正当性はない」「海洋放出には、日本の漁業者の生活や日本の国際的な評判にまつわる大きなリスクがあると考えます」

この声明に対し、汚染水海洋放出に反対する活動をしている福島の市民団体は感謝の意を伝え、バスクトさんからも返信がされ、市民と特別報告者間に連帯も生まれている。

国連の人権メカニズムには市民が参画できる部分がある。人権理事会〈特別手続〉を活用し、特別報告者へ意見を提出する、通報する、情報提供を行う。また、人権条約を実行化するために、締約国同士でお互いの履行状況を監視する「普遍的・定期的レビュー」(UPR)というシステムもある。この審査の際には、NGOからの情報も参考とされるため、そうした団体を通して市民が関わることもできる。いずれも、市民の意識と監視のもとに、人権政策の骨格がつくられている。

国連人権機関からの勧告内容や、国際人権法は、日本国内での被災者の損害賠償訴訟にも用いられ、司法判断にも影響を与えている。市民が人権状況を通告し、特別報告者が現地で調査を行い、第三者として国際的人権基準という視点で報告書をまとめ、その報告をまた国内で市民が自分たちをまもるための活動に活用していく。人権機関は、私たちの暮らしを健全なものへと改善するためのツールなのだ。

一人ひとりの人権の認識

人権がまもられていない状況は、どの国にもみられる。特別報告者や UPR による他国からの勧告は、対象の国に対して「この点が改善されれば、あなたの国の社会をよりよいものにできる」というアドバイスだ。意見に拘束力はないため従わないこともできるが、ここで問われるのは、勧告を受けた政府がそれをどう受け止めて行動するか。これまでの日本政府の対応は、人権制度を認めていないと理解されてもおかしくないものだが、まず市民が、自身が等しく持つ権利について認識を持たなければ、国の変化も望めない。

『国内避難民の権利』特別報告者のセシリアさんは、人権の侵害について、こう話している。
「『国内避難民に関する指導原則』で確保されるべきとしている権利は、国内避難民には実質与えられていない事柄が多いです。しかし、避難民ではない人々はそれを普通に享受していたりする。つまり、人権はすべての人が持つべきものであるはずなのに、全員にもれなく与えられていない。避難民から権利が奪われているという状況は、あなたを含むすべての市民が持つ権利が否定されていることなのだと、気づかなければなりません」

自然災害や原発過酷事故のような惨事の後に、普段からないがしろにされていた市民の人権がさらに軽視されがちになることを、この 10年を通して、私たちは目にしてきた。まずは私たち自身が、手に持つ権利を確かめ、誰からも奪われることのないよう手放さないこと。誰かの権利が踏みにじられている状況をやり過ごさないこと。そして、誰の権利も踏みにじらないこと。その認識から、社会全体が暮らしやすい場所へと変わっていく。

  • *有害物質及び廃棄物の環境面での適切な管理および廃棄の人権への影響に関する特別報告者。バスクト・トゥンジャクさんは、2014年から 2020年 7月までの 6年の任期を務めた。